確かに自動車

が交通ルールを守るのは当然のことだけれど、それだけで終わりにするから一過性になって忘れ去られて、また或る日になって突然の大事故に見舞われるというパターンになり、現実問題として其れが繰り返されている

。これでは完全なる“鼬ごっこ”だろう

。
都会などは車道と歩道が分かれていて、その歩道の幅も広く且つガードレールなどで守られている箇所が多いけれど、
少しでも其処から離れると途端に粗末になってくる。たとえガードレールがあっても歩道の幅が狭かったり

、その途中に電信柱が平然と立っていることがあったりして、老若男女問わず歩行者に無理をさせている現実がある

。
以前の記事でも触れたけれど、甲州街道の国立市の部分の歩道なんて酷いものである

。国立市と隣接する東側の府中市と西側の立川市は歩道に余裕があるのに、国立市は1人通るだけで精一杯の幅しかない

。確かに地形的制約があるのは事実だけれど、それでも工夫すればクリアできる筈なのに、未だに放ったらかしの儘になっている

。
そもそも国立市の甲州街道沿いには地主が多い。勿論、彼らにも考えがあるだろうけれど、ほんの少し、約1メートルでも土地を提供すれば其れ相当の幅を持つ歩道が出来上がる。道路は『公共の財産』なのだから、たとえ土地を提供しても罰は当たらない筈。
甲州街道は片側2車線になっていて、それだけで相当部分を占めている

。だから歩道は狭く、本来なら車道を走るべき自転車

でさえ車道に入れない

。車道そのものの幅が自動車が走るだけで精一杯だからだ(普通車程度なら横を走れても大型車が来たらアウト

だ)。白線を引くなどして少しでも余裕があれば話は別だけれど、それがないのだから余程脚力に自信がなければ自動車と並走するなんて無理な話なのである。
今回の事故の現場となった京都府亀岡市ともなれば相当な土地の余裕がある筈。どうして道路を拡張するなり歩道を広くする(&ガードレールを設置する)なりの対策が実現できなかったのか。何度も書くけれど、道路は公共の財産なのだから土地を提供しても罰は当たらない筈だ

。
他方で各自治体の考え方の違いがあるのも如何なものか

。勿論、それなりの事情を抱えているのは理解するけれど、
市民の安全を守るという共通認識があるのなら、その道路が走る(存在する)各自治体が同じ気持ちで動くべきではないのか。互いが予算を出し合って道路を整備するべきではないのか。
結局、この国の基本方針は個々が中心であって全体的なものは無視される。それでいて事故が起きれば其の度に儀式的なキャンペーンで誰彼問わずドライバーを呼び止めている。平日の昼間は基本的に仕事関係の自動車ばかりなのだから、たとえ公的機関から呼び掛けられたとしても
トータル的にはマイナスなのだ。当然、何処かで時間を取り戻さなければならず、また其処で無理が生じてしまう

。
普段は個々の事情で動いても構わないが、此処ぞ

という部分で一致しなければ永遠に事故は減らないだろうし、ますます悪化していくだけだろう。泣くのは常に弱者だ。